知財高判平30.10.17「ステーキの提供システム事件」
特許取消決定の取消しを求めた審決取消訴訟において、発明該当性が肯定され、審決を取り消した事例
本件特許発明(訂正後の請求項1、下線は訂正箇所)
【請求項1】
A お客様を立食形式のテーブルに案内するステップと、お客様からステーキの量を伺うステップと、伺ったステーキの量を肉のブロックからカットするステップと、カットした肉を焼くステップと、焼いた肉をお客様のテーブルまで運ぶステップとを含むステーキの提供方法を実施するステーキの提供システムであって、
B 上記お客様を案内したテーブル番号が記載された札と、
C 上記お客様の要望に応じてカットした肉を計量する計量機と、
D 上記お客様の要望に応じてカットした肉を他のお客様のものと区別する印しとを備え、
E 上記計量機が計量した肉の量と上記札に記載されたテーブル番号を記載したシールを出力することと、
F 上記印しが上記計量機が出力した肉の量とテーブル番号が記載されたシールであることを特徴とする、
G ステーキの提供システム。
取消決定の理由の要点
本件特許発明は、その本質が、経済活動それ自体に向けられたものであり、全体として「自然法則を利用した技術思想の創作」に該当しない。
- 本件特許発明の技術的意義は、お客様に、好みのステーキの量を、安価に提供するという飲食店における店舗運営方法、つまり経済活動それ自体に向けられたものだということができる。
- 本件特許発明において、これらの物(「札」「計量機」「印し(これを具現化した「シール」)は、それぞれの物が持っている本来の機能の一つの利用態様が示されているのみであって、これらの物を単に道具として用いることが特定されているにすぎない。
- 本件特許発明における「ステーキの提供システム」は、社会的な「仕組み」(社会システム)を特定しているものにすぎない。
- 本件特許発明においては、「札」から「計量機」へ、「計量機」から「印し」へとテーブル番号は伝達されているともいえるが、その伝達が有機的とまではいえず、特殊な情報の伝達でもない。
裁判所の判断
本件特許発明の技術的課題、その課題を解決するための技術的手段の構成及びその構成から導かれる効果等の技術的意義に照らすと、本件特許発明は、全体として「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当するということができる。
- 「シール」を「お客様の要望に応じてカットした肉を他のお客様のものと区別する印し」として用いることにより、お客様の要望に応じてカットした肉が他のお客様の肉と混同することを防止することができるという効果を奏する
- 計量機においてテーブル番号の情報がお客様の注文した肉の量の情報と組み合わされる際に、他のテーブル番号(他のお客様)と混同が生じることが抑制されるということができ、「札」にテーブル番号を記載して、テーブル番号の情報と結合することには、他のお客様の肉との混同を防止するという効果との関係で技術的意義が認められる。
- 肉の量はお客様ごとに異なるのであるから、「計量機」がテーブル番号と肉の量とを組み合わせて出力することには、他のお客様の肉との混同を防止するという効果との関係で技術的意義が認められる。
- シールを他のお客様の肉との混同防止のための印しとすることには、他のお客様の肉との混同を防止するという効果との関係で技術的意義が認められる。
- 他のお客様の肉との混同を防止するという効果は、お客様に好みの量のステーキを提供することを目的(課題)として、本件特許発明の構成を採用したことから、カットした肉とその肉の量を要望したお客様とを1対1に対応付ける必要が生じたことによって不可避的に生じる要請を満たしたものであり、本件特許発明の課題解決に直接寄与するものと認められる。
コメント
- キー情報として(実質的に)機能しているのは「テーブル番号」であり、「肉の量」までも必要とする理由は乏しいように思われるため、本件発明が「発明」として認定されたのは驚きのほうが大きい。これは、肉の量が併記されていることで「誤認混同」という効果を奏するとの主張が認められ、技術的意義を認定されたことが大きいと考えられる。
- このような発明提案はそう多くないかもしれないが、知財担当者としては、「これは発明ではない」と切り捨ててしまわないことが重要と考えられる。(多少無理やりでも)何らかの形で技術的意義を言えるよう理屈を作る努力が必要だと実感できる事案。
- 企業知財の担当者としては、もし自分自身が本件の担当者だった場合に、会社(発明者・上司)を説得できたかどうかは疑わしい。何としても特許を維持するという、出願人・担当者の強い信念が感じられる。
平成29年(行ケ)第10232号 特許取消決定取消請求事件
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/058/088058_hanrei.pdf
最判平11.4.16「膵臓疾患治療剤事件」
第三者が、特許権の存続期間中に、特許権の満了後に製造販売することを目的として、後発医薬品について薬事法14条所定の承認申請に必要な試験を行うことは、69条1項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たり、特許権の侵害とはならない。
理由
- もし、承認申請に必要な試験が特許法69条1項にいう「試験」に当たらないと解すると、特許権の存続期間が終了した後も、なお相当の期間、第三者が当該発明を自由に利用し得ない結果となり、存続期間終了後は何人も自由に特許発明を利用して社会一般が広く益されるという特許制度の根幹に反する。
- 一方、第三者が、存続期間中に承認申請に必要な範囲を超えて生産等することは、特許権の侵害として許されず、そう解する限り、特許権者にとっては特許発明の独占的実施は確保される。もしこれを承認申請に必要な試験のための生産等をも排除しうると解すると、特許権の存続期間を相当期間延長するのと同じ結果となり、特許法が想定する特許権者の利益を超えるものといわなければならない。
平成10年(受)第153号 医薬品販売差止請求事件
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/235/052235_hanrei.pdf
最判平4.4.28「高速旋回式バレル研磨法事件」
再度の審決取消訴訟において、取消判決の拘束力に従ってされた第2次審決の認定判断が誤りであることを裏付けるための新たな立証をし、更には裁判所がこれを採用して違法とすることは許されない。
- 審決取消訴訟において審決取消の判決が確定したときは、再度の審理・審決は行政事件訴訟法33条1項により取消判決の拘束力が及ぶ。
- この拘束力は、判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから、審判官は取消判決の認定判断に抵触する認定判断をすることは許されない。
- したがって、再度の審判手続きにおいて、取消判決の拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断が誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返すことや、主張の裏付けのための新たな立証を許すべきではない。
- 審判官が取消判決の拘束力に従ってした第2次審決は、その限りにおいて適法であり、再度の審決取消訴訟で違法とすることができないのは当然である。
事件の経緯
X:無効審判請求人、 Y:特許権者
- 第1次審決:請求認容審決(特許無効)
→ Yが審決取消訴訟を提訴
→ 東京高裁:取消判決[確定] - 第2次審決:取消判決の拘束力に従って請求不成立審決(特許維持)
→ Xが審決取消訴訟を提訴
→ 東京高裁:取消判決(審決には認定の誤りがある)
→ Yが上告
昭和63年(行ツ)第10号 審決取消
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/763/052763_hanrei.pdf
最判平29.7.10「シートカッター事件」
特許権者が、事実審の口頭弁論終結時までに訂正の再抗弁を主張しなかったにもかかわらず、その後に訂正審決等が確定したことを理由に事実審の判断を争うことは、訂正の再抗弁を主張しなかったことについてやむを得ないといえるだけの特段の事情がない限り、特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものとして、特許法104条の3及び104条の4の各規定の趣旨に照らして許されないというべきである。
無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張するために現にこれらの請求をしている必要はないというべきであるから、これをもって、上告人が原審において本件無効の抗弁に対する再抗弁を主張することができず、その他において訂正の再抗弁をしなかったことについてやむを得ないといえるだけの特段の事情はうかがわれない。
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/898/086898_hanrei.pdf
最判平7.3.7「磁気治療器事件」
実用新案登録を受ける権利の共有者が、その共有に係る権利を目的とする実用新案登録出願の拒絶査定を受けて共同で審判を請求し、請求が成り立たない旨の審決を受けた場合に、右共有者の提起する審決取消訴訟は、共有者が全員で提起することを要するいわゆる固有必要的共同訴訟と解すべきである。
理由
右訴訟における審決の違法性の有無の判断は共有者全員の有する一個の権利の成否を決めるものであって、右審決を取り消すか否かは共有者全員につき合一に確定する必要があるからである。
平成6年(行ツ)第83号 審決取消
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/560/052560_hanrei.pdf
最判平29.2.28「エマックス事件」
1.除斥期間経過後の特許法104条の3の抗弁の可否
商標法4条1項10号該当を理由とする無効審判請求がされないまま商標登録から5年を経過した後は、当該商標登録が不正競争の目的で受けたものである場合を除いて、商標権侵害訴訟の相手方は、その登録商標が同号に該当することによる無効理由の存在をもって、特許法第104条の3の抗弁を主張することは許されない。
理由
- 無効審判が請求されないまま除斥期間を経過した後に商標権侵害訴訟の相手方が無効理由の存在を主張しても、同訴訟において商標登録が無効審判により無効にされるべきものと認める余地はない。
- 除斥期間経過後であっても商標権侵害訴訟において4条1項10号該当を理由とする抗弁を主張し得ることとすると、商標権者は、商標権侵害訴訟を提起しても、相手方からそのような抗弁を主張されることによって自らの権利を行使することができなくなり、商標登録がされたことによる既存の継続的な状態を保護するものとした47条1項の趣旨が没却されることとなる。
2.除斥期間経過後の権利濫用の抗弁の可否
商標法4条1項10号該当を理由とする無効審判請求がされないまま商標登録から5年を経過した後であっても、当該商標登録が不正競争の目的で受けたものであるか否かにかかわらず、商標権侵害訴訟の相手方は、その登録商標が自己の商品等表示として周知の商標又はその類似商標であることを理由として、権利濫用の抗弁を主張することが許される。
理由
- 商標法4条1項10号の過誤登録の場合に、当該登録商標と同一又は類似商標について自己の商品等表示として当該商標登録出願時に周知の者に対してまでも使用の差止め等を求めることは、特段の事情がない限り、商標法の法目的の一つである客観的に公正な競争秩序の維持を害するものとして、権利の濫用に当たり許されない。
- 権利濫用の抗弁については、商標登録から5年を経過したために特許法104条の3の抗弁を主張し得なくなった後においても主張することができるものとしても、47条1項の趣旨を没却するものとはいえない。
平成27年(受)第1876号 不正競争防止法による差止等請求本訴、商標権侵害行為差止等請求反訴事件
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/543/086543_hanrei.pdf
最判平12.7.11「レールデュタン事件」
1.「他人の業務に係る商品等と混同を生ずるおそれがある商標」
商標法4条1項15号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には、当該商標をその指定商品等に使用したときに、当該商品等が他人の商品等に係るものであると誤信されるおそれがある商標のみならず、当該商品等が右他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品等であると誤信されるおそれ(広義の混同を生ずるおそれ)がある商標を含むものと解するのが相当である。
理由
同号の規定は、周知表示又は著名表示へのただ乗り(フリーライド)及び当該表示の希釈化(ダイリューション)を防止し、商標の自他識別機能を保護することによって、商標を使用する者の業務上の信用の維持を図り、需要者の利益を保護することを目的とするものであるところ、その趣旨からすれば、企業経営の多角化、同一の表示による商品化事業を通して結束する企業グループの形成、有名ブランドの成立等、企業や市場の変化に応じて、周知又は著名な商品等の表示を使用する者の正当な利益を保護するためには、広義の混同を生ずるおそれがある商標をも商標登録を受けることができないものとすべきであるからである。
2.「混同を生ずるおそれ」の有無
「混同を生ずるおそれ」の有無は、当該商標と他人の表示との類似性の程度、他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や、当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし、当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として、総合的に判断されるべきである。
平成10年(行ヒ)第85号 審決取消請求事件
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/254/052254_hanrei.pdf